論文・発表

膜オーガナイザー研究計画

研究の目的

細胞は、細胞膜上で、膜タンパク質の運動と局在化を制御し、また、さまざまな機能をもつタンパク質の集合/配列構造を構築している。これらの構造や膜タンパク質の局在化は、細胞や多細胞集団が重要な機能を発現する多くの過程において、鍵となる役割を演じている。例えば、細胞膜が外界との間で情報・エネルギー・物質のやりとりを制御したり、細胞が形を決めたり運動したり、さらには、隣の細胞と交信し接着の強さを決め、ひいては細胞骨格と協同して組織(多細胞集団)の組立てを決める過程などが、著しい例である。

このように、細胞は細胞膜を可塑的で多機能なシステムとして有効に働かせているが、そのためには細胞膜の構造を大域的にオーガナイズする必要がある。これは、単に分子のセルフアッセンブリー(自己組織化)だけでは達成できるものではない。すなわち、細胞は、能動的機構(ATPの自由エネルギーを用いた機構)をうまく共同させることによって、大域的な組織化をおこなっていると考えられる。最近、このために中心的な働きをしているのが、膜骨格であるらしいことがわかってきた。膜骨格は細胞膜と細胞骨格の両方に属し、かつ、両者の境界にあって、両者の相互作用を媒介する働きをもっている。しかし、膜骨格が膜オーガナイザーとして細胞膜分子の組織化をおこなう機構の研究は、緒についたばかりである。さらに、多細胞集団の形態形成は、細胞膜同士、及び、細胞膜と細胞骨格との相互作用によって担われているので、これらにも膜骨格はクリティカルな役割を演ずるが、その具体的な機構は殆どわかっていない。

このプロジェクトでは、膜オーガナイザーとしての膜骨格の機能とその分子機構の解明を目指す。

  1. 膜骨格が、膜分子の熱運動に依存するセルフアッセンブリーをうまく利用しつつ、能動的機構によって熱運動を上手に制御して、細胞膜分子の組織化を達成する機構を解明したい。この研究を通じて、熱運動とエネルギーの効率的利用について、生物の分子機械システム一般に通じる、(人工の機械システムとは異なった)特有の過程と機構が明らかになってくるものと期待される。
  2. 膜骨格が媒介する細胞骨格と細胞膜の相互作用(+細胞膜間の相互作用)によって誘起される、細胞構造/形態の形成と変化、すなわち、細胞運動、食作用、細胞接着構造の形成、多細胞集団の形態形成などについて、それらが生起する機構の解明を目指す。従来、細胞膜と細胞骨格との研究は独立になされてきており、これらの複合体としての膜骨格を中心に据えた研究は、細胞と多細胞社会の構造形成機構に新しい概念を樹立することが期待できる。

研究計画

まず、生きている細胞の中で、1分子レベルで、膜タンパク質の動きとそのタンパク質にかかる力を、サブピコニュートン/1ナノメートルの精度で、しかも、サブミリ秒の時間分解能で長時間(数時間)観測する方法を確立する。すなわち、細胞は「分子の手」(分子間相互作用)を用いて分子を組織化するが、我々は「科学の手(主に光)」を用いて、分子を、同じような精度と力で操作し、生きている細胞の中で分子の手の真似をしたり邪魔をしたりして、細胞膜分子の組織化の機構・原理を明らかにしていこう、ということだ。このような、生きている細胞に適用できる1分子直視・直接操作技術をさらに発展させ、同時に、それらの技術を用いて、生細胞における膜骨格と膜タンパク質や細胞骨格との相互作用、膜骨格の性質、膜タンパク質同士の相互作用などを徹底的に調べる。

具体的には、タンパク質の動きとそれを制御する力(タンパク質間相互作用)を直接に追うことにより

  1. 神経細胞間のシナプス結合形成と神経回路網の形成機構(GABA受容体、グルタミン酸受容体、アセチルコリン受容体の集合機構、細胞間認識・接着分子の局在と機能の制御、これらにかかわる新しい膜骨格分子の系統的検索)
  2. 上皮細胞での膜タンパク質の局在化分布の形成(クラスリン被覆構造への受容体の集合と被覆構造の形成の機構を含む)の機構、及び、皮膚細胞(ケラチノサイト:1種の上皮細胞)集団の層状構造形成(最も単純な組織の形態形成のモデルとして)の機構
  3. 循環中の赤血球の変形機構

を研究し、膜骨格の機能を検討する。それを通じて、膜骨格が細胞膜の構造を大域的にオーガナイズし、ひいては、1細胞のみならず多細胞集団の形態形成を制御する機構の(生物が進化によって獲得してきた)基本的なルールを見いだすことを目標とする。

これらの構造形成/変形のためには、(1) 膜タンパク質の会合、(2) 脂質ドメインの形成、(3) 細胞内膜輸送、(4) 情報伝達系の関与も重要である。これらと、膜骨格による組織化との関連に留意しつつ研究を進める。
この研究は、多細胞社会の形態形成という観点からは、膜骨格が膜タンパク質と細胞骨格との相互作用を媒介し、また、細胞膜同士の相互作用を制御する点に着目していることが重要である。一方、エネルギーの効率的利用の観点からは、膜骨格が、熱運動に依存するセルフアッセンブリーをうまく利用しつつ、能動的機構によって熱運動を上手に制御して、細胞膜分子の組織化を達成する機構を解明する点が重要である。

このような研究は、細胞膜のオーガナイザーの研究を通して、細胞と多細胞社会の形態形成と変化の機構の新しい概念を樹立し、さらに、セルフアッセンブリーを越えた新しい可塑的素子の設計に指針を与えるものと期待される。

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