論文・発表

研究の概要 (98年版)

膜タンパク質1分子の運動を追跡し、それを制御する力を観測した

最近、細胞膜上のレセプターを直径10nm程度(ちなみにヘモグロビンの直径は7nm)の金コロイド微粒子で標識し、光学顕微鏡下で、生細胞の細胞膜上でのレセプターの運動を、1分子レベルで、空間精度1nm、時間分解能0.2ミリ秒(通常のビデオの150倍速)で追跡することに成功した(図1)。さらに、光ピンセットを用いて金コロイドを捕捉し、レセプターを細胞膜上において強制的に動かしていくことに成功した(図2、ピコニュートン程度の力)。すなわち、タンパク質の特定領域への運動・集合とそれの力学的制御機構を、直接的に調べるための糸口が得られたのである(論文リストの27. 29. 32. ;Biophys. J. のNew and Notable )

図1

1粒子追跡法の概略。金コロイドを特異抗体などを介して、タンパク質に結合させ、運動を可視化する。

図2

光ピンセットによって、金コロイドを補足し、細胞膜に沿って膜タンパクを動かし、膜骨格の効果を調べる。

膜骨格のフェンス効果と結合/輸送効果によって膜タンパク質の運動と集合が制御されている

膜タンパク質の運動を1分子レベルで観察し、光ピンセットで牽引して膜タンパク質の応答を見ることによって、膜タンパク質と細胞骨格/膜骨格ネットワーク(すべての膜裏打ちタンパク質を含む)との相互作用が、細胞膜上での膜タンパク質の運動と集合の制御に大きな役割を果たしていることがわかってきた。

膜骨格は細胞骨格の中でも細胞膜に近接している部分の呼称である。我々は、膜骨格と膜タンパク質との基本的な相互作用様式として、2種類のものを見いだした。第一は膜タンパク質が膜骨格に結合している場合(図5b)、第二は細胞膜に近接して存在する膜骨格ネットワークのために細胞膜が小さなコンパートメントに仕切られており、膜骨格が膜タンパク質の拡散運動に対して、(膜タンパク質の細胞質部分がぶつかるという立体障害のために)フェンスのような効果を持つという場合である(図5c,d)。

(A)膜骨格フェンスモデル

細胞膜は膜骨格によって平均直径が 600nm のコンパートメントに仕切られており、膜受容体は隣接するコンパートメントへと次々に移動する(平均25秒毎)ことによって、細胞膜上を移動すること、コンパートメント内部ではほぼ自由拡散していること、などが示された(図3、4、文献29)。

さらに、光ピンセットを用いて、受容体を1分子ずつ膜面に平行に牽引し(図2)、仕切りは弾性的であり、実効バネ定数は1-10pN/μm、バリアーの高さはkT程度であることを見いだした。すなわち、バリヤーは熱拡散をある程度抑える程度には高いが、ATP1分子の加水分解のエネルギーより小さいという、うまい高さになっている(文献32)。我々の提唱した膜骨格フェンス効果については、最近、Science誌の解説記事でも取り上げられ(vol.268, 1441-2, 1995)、認知されつつある。

図3

トランスフェリン受容体の運動の軌跡。約6分間の運動を示す。予想されるドメイン構造により色分けしてある。

図4

受容体の拡散に対してコンパートメント化された細胞膜における、トランスフェリン受容体やa2マクログロブリン受容体の運動の様子を示すモデル

(B)膜骨格への結合と輸送

多くの膜タンパク質に関して、膜骨格への結合が多くの割合で起こっていることがわかってきた(図5のb)。さらにまた、膜骨格には静止しているもの(振動的な運動はしている)に加えて、長距離にわたって拡散しているもの、一方向に能動輸送されていくもの、が見つかってきた。これに結合している膜タンパク質も、同様の運動をする。

E-カドヘリンの場合には、細胞の自由表面にある分子(すなわち、これから集合する分子)のうち、約半数は膜骨格に結合しており、残りの半数は膜骨格フェンスによって制限された運動をおこなっていた。また、膜骨格結合成分の多くは、特定の方向への能動輸送を示唆する運動を示した。トランスフェリンやマクログロブリンの受容体、Na+,K+-ATPase、ヒト赤血球中のバンド3(文献18--この論文は教科書 Mol. Cell Biol. vol.2にも引用されている)なども膜骨格の結合効果とフェンス効果の両方によって、運動と集合が制御されている(29. 32. 39. 41)

膜骨格のフェンス効果、結合、輸送などの効果がどのように組み合わされて、膜タンパク質の集合や会合を制御しているのかを研究することが、現在、私達のグループの主要な課題となっている。

図5

膜骨格フェンス構造の模式図。細胞内部から細胞膜を見たところ。細胞膜、膜貫通型タンパク質、膜骨格、膜骨格を細胞膜に結合させている膜タンパク質、膜タンパク質と結合している細胞質タンパク質(a,b)、さらにそれが細胞骨格/膜骨格に結合しているところ(b)、などが示されている。膜骨格は膜にきわめて近く隣接している部分が多い。膜タンパク質の細胞質部分(あるいは、膜タンパク質とそれに結合した細胞質タンパク質の複合体)は立体障害的に膜骨格ネットワークと衝突し、なかなか隣接するコンパートメントへ移動できない(b,c,d)。膜タンパク質の細胞質部分を小さくすると、隣接コンパートメントへ移動しやすくなる(d)。

最近、多くの膜タンパク質で、多くのコピーが(b)のように細胞骨格/膜骨格に結合している例が見つかってきた(特に、光ピンセットの実験から)。多くの場合、膜骨格はその場で揺らいでいるばかりでなく、拡散運動しており、長距離を移動していく。また、膜骨格には、能動的輸送で一方向に向かって輸送されていくものがあり、このような、膜骨格に結合した膜タンパク質も、一方向に輸送されていく。

研究計画

(Sako and Kusumi, 1996: 論文リストのうち、Invited Review Articlesの2番の論文を参照して下さい)

膜タンパク質の動的組織化(集合/配列構造形成)の5つの素過程

細胞膜分子の組織化のためにきわめて重要な働きをしているのが、細胞骨格が膜との境界につくる「膜の裏打ちネットワーク(略して膜骨格と呼ぶ)」であることが、我々および他のいくつかのグループの研究からわかってきた。膜タンパク質の会合・局在化には、(1)膜タンパク質が細胞膜上を動いていけること、さらに、(2)適切な場所でアンカーされること、が重要だが、これらの過程に、膜骨格がクリティカルな役割を果たすことがわかってきたのである。

さらに、現在までの結果から、下記の5つの素過程の重要性が示されてきた(図6)
(文献リスト Invited Review Articles の2)

図6

膜タンパク質の動的組織化(集合/配列構造形成)の素過程。やや抽象的な表現であるが、現実の系としては4-3節に記したものを研究しており、膜タンパク質としては,E-, N-, T-カドヘリン、デスモコリン、デスモグリエン、トランスフェリン受容体、IgGFc受容体などを取り上げている。

  1. 膜タンパク質と膜骨格/細胞骨格(膜裏打ちタンパク質のネットワーク)との相互作用
  2. 生合成された膜タンパク質の膜小胞による輸送と細胞膜との融合
  3. 細胞内情報伝達系の関与(カドヘリンの集合に関しては、カルシウムチャネルを通った細胞外Ca2+の流入と局所的なcAMPレベルの上昇、及び、それに引き続く過程)
  4. タンパク質の会合
  5. 脂質ドメインの形成

これからは、これらの素過程をもっと徹底して調べると同時に、これらの素過程がどのように統合されて組織化が可能になるか、を解明していく予定である。

新しい研究方法(生細胞における1分子直視・直接操作の方法)の開発

私達の研究の特徴は、細胞膜分子の組織化/配列構造の形成の過程を1分子のレベルで徹底的に調べるところにある。すなわち、細胞は「分子の手」(分子間相互作用)を用いてサブナノメートル精度/ピコニュートンの力で分子を組織化するが、我々は「光の手」を用いて、1分子を、同じような精度と力で操作し、分子の手の真似をしたり邪魔をしたりして、組織化の機構・原理を明らかにしていこう、ということだ。

今後の研究においても、1分子直視・直接操作技術をさらに発展させていきたい。新しい方法の開発によって、今までやりたくても出来なかったような実験を可能にして研究を推進するのは、私達の研究戦略の重要な柱である。

図7

1分子直視・直接操作の概念を示す図。子供は色々なものをさわって、世の中のものの働きや力学を知る。我々も方法の開発をもう少し進めれば、細胞の中のタンパク質を見てさわって働きと力学を調べることが出来るようになると信じ、研究を進めている。見るだけではなく、操作することが重要である。分子同士を押し付けたり、1分子を引っ張ってみたり捻ってみたりして、その応答を解析することによって、初めて、分子間の相互作用が理解できるようになる。

具体的な研究対象

細胞膜、特に、膜と細胞骨格との相互作用、及び、細胞膜のドメイン構造。この分野では、すべての細胞に共通してあるような基本的な構造や形成機構が、これから続々と発見されると思っています。
 私達はこのような構造と構造形成の分子機構を明らかにし、さらに、その基礎にある(生物が進化によって獲得してきた)タンパク質の集合/配列構造形成のための一般戦略を理解したいと考えています。

具体的な研究対象としては、

A

細胞膜上の特別な領域の形成機構、もっと具体的には、

  1. シナプス(神経ネットワーク)の形成機構
  2. 細胞間接着構造(カドヘリンの集合、デスモソーム形成)の形成機構
  3. 情報分子筏(DIGドメイン、カベオラ)の形成機構
  4. 赤血球膜の可塑的変形機構
  5. 上皮細胞の極性(膜タンパク質の局在化分布)形成機構
  6. クラスリン被覆格子と被覆ピットの生成機構、及び、
B

受容体同士(EGF受容体など)や受容体とエフェクター(IgGFC受容体とキナーゼなど)の会合・集合と、それによる情報伝達のトリガーの機構

を取り上げています。これらいくつかの系を扱っているのは、これらに見られる細胞膜分子の組織化に共通の基本的なルールを見いだしたいと考えているからです。シナプスやクラスリン被覆構造も、膜タンパク質や表在性膜タンパク質が集合してはじめて機能が発揮できます。情報伝達に関与する受容体の多くは、膜上で会合することによって細胞内の2次伝達をトリガーすることはよく知られています。このように、細胞膜上での分子の分布・会合状態、領域形成の制御機構を理解することは、細胞膜な機能とその制御の理解に不可欠なのです。
 これらを、原子・分子のレベルから組織のレベルの間で統合的に研究しています。たとえば、膜の2重層内部での分子の会合(上のB)と、膜と細胞骨格との相互作用(上のA)は互いに大きく影響しあっています。統合的に研究しないと、原理的な理解には到達できないと考えているのです。

ここで、上記のような会合体、集合体、領域構造の形成機構の研究は、細胞による機能の制御に直結していることを強調しておきたいと思います。例えば、細胞内接着分子がバラバラに分布して接着していたとすると、細胞にマクロスコピックな力がかかった時には1分子ずつ接着をはずされていくので、有効な接着力としては働きません。毛利元就の3本の矢の話ではないけれど、多数の分子が集合することで、はじめて大きな力に対抗する有効な接着が行えます。したがって、「細胞は細胞間の接着の制御を、接着分子の集合状態を制御することによっておこなう」と考えられるのです。

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