論文・発表

生体エネルギーの効率的利用戦略に関する研究 - 細胞膜の構造形成に例をとって

基本的な興味 - 生体エネルギーの効率的利用による細胞膜分子の動的組織化の機構

私達は、生物が進化の過程で獲得してきた、(1) 生体エネルギーの効率的利用戦略、及び、(2) 生体分子の熱運動の利用戦略、を解明し、さらにこれらをナノマシンの設計や可塑的素子の構築に応用したいという夢を持ち、生物物理学を基盤とした研究をおこなってきた。特に、細胞膜構造の形成における「細胞膜分子の動的な組織化の機構」に興味をもっており、エネルギーの効率的利用戦略の観点からの解明を目指してきた。

細胞は、細胞膜が2次元の液体のような性質をもつことを巧妙に利用して、膜タンパク質を細胞膜上で動かしたり、細胞内から輸送したりしている。これによって、特定の場所に膜タンパク質を集合・会合させたり局在化させ、分子の組織化をおこない、さまざまな機能をもつタンパク質の集合/配列構造を細胞膜上に構築しているのである。しかも、外部環境の変化に応じて、細胞は細胞膜分子の組織化をきわめて動的に変え、構造体は生成・消滅を繰り返す(文献リストのInvited Review Articlesの2)。私達はこのような過程の分子機構を明らかにし、さらに、その基礎にある(生物が進化によって獲得してきた)構造形成のための一般戦略を理解したいと考えている。「一般戦略の理解」の重要な部分は、エネルギーの利用戦略の理解である。

現在までの研究で、細胞膜分子の組織化(膜タンパク質の集合/配列構造の形成)は、熱運動だけに依存するセルフアセンブリーのような単純なものとはまったく違う、ということがわかってきた。即ち、細胞膜分子の組織化のために、細胞は「細胞膜中での、膜タンパク質の熱運動を集合の駆動力とはするが、それをうまく制御しつつ用いるために、ATPの加水分解による自由エネルギー(生体エネルギー)を使う。具体的には、膜骨格(細胞骨格:下図参照)の構造と運動を制御する事によってこれを行う」という作業仮説が得られたのである。これをさらに追求し、生物が進化によって編み出してきた細胞の構造形成原理と、構造形成におけるエネルギーの効率的利用戦略を解明することを目指している。

膜骨格フェンス構造の模式図。細胞内部から細胞膜を見たところ。細胞膜、膜貫通型タンパク質、膜骨格、膜骨格を細胞膜に結合させている膜タンパク質、膜タンパク質と結合している細胞質タンパク質(a,b)、さらにそれが細胞骨格/膜骨格に結合しているところ(b)、などが示されている。膜骨格は膜にきわめて近く隣接している部分が多い。膜タンパク質の細胞質部分(あるいは、膜タンパク質とそれに結合した細胞質タンパク質の複合体)は立体障害的に膜骨格ネットワークと衝突し、なかなか隣接するコンパートメントへ移動できない(b,c,d)。膜タンパク質の細胞質部分を小さくすると、隣接コンパートメントへ移動しやすくなる(d)。  最近、多くの膜タンパク質で、多くのコピーが(b)のように細胞骨格/膜骨格に結合している例が見つかってきた(特に、光ピンセットの実験から)。多くの場合、膜骨格はその場で揺らいでいるばかりでなく、拡散運動しており、長距離を移動していく。また、膜骨格には、能動的輸送で一方向に向かって輸送されていくものがあり、このような、膜骨格に結合した膜タンパク質も、一方向に輸送されていく。

研究プロジェクト

細胞は、その構造を構築し、しかも外部環境の変化に対応してそれを変えていくのに、多くのエネルギーを使っている。セルフアセンブリーで構築できる構造は単純な部分だけであって、複雑な制御にはATPを加水分解して得られるエネルギー (これを本文では生体エネルギーと呼ぶ) に頼っている。細胞の構造形成におけるエネルギー効率の良さをセルフアセンブリーにのみ求めるのは単純に過ぎる。セルフアセンブリー (熱運動の利用) と生体エネルギーの利用を巧みに組み合わせている、というのが私達の考えで、その具体的な過程・機構・原理を明らかにしていきたい。特に、細胞膜の構造形成をパラダイムとして、研究を進めている。細胞膜の構造は、地球上の生物のすべてに共通であり、また、2次元的な液体構造であるなど、興味深い点が多いからである。

膜タンパク質の動的組織化(集合/配列構造形成)の5つの素過程

主に私達のグループが得た結果から、膜タンパク質の動的組織化のためには、下記の5つの素過程が重要であると確信するに至った( Invited Review Articles の2)

  1. 膜タンパク質と膜骨格/細胞骨格(膜裏打ちタンパク質のネットワーク)との相互作用
  2. 生合成された膜タンパク質の膜小胞による輸送と細胞膜との融合
  3. 細胞内情報伝達系の関与
  4. タンパク質の会合
  5. 脂質ドメインの形成

1~3 はATP要求性の能動的過程、4、5 は主に細胞膜中での分子の熱運動(拡散)に依存する過程である。これらが巧妙に組み合わされて、細胞膜が組織化されると我々は考えている。
この中でも、重要な働きをしているのが、1 の膜骨格である。膜タンパク質の運動と輸送の制御、及び、適切な場所でのアンカリングに、膜骨格の働きが必須である。そこで当面は、「細胞は生体エネルギーを用いて膜骨格を制御することによって、膜タンパク質の局在を制御する」という作業仮説の追求に、最も力を入れている 。
4、5については、タンパク質の会合を観測し再構成膜における分子間相互作用を検討する計画をしている。

これからは、これらの素過程をもっと徹底して調べると同時に、これらの素過程がどのように統合されて膜分子の組織化が生起するかの解明に重点をおく予定である。

具体的な実験系としては、

  1. 細胞間接着構造の形成 (カドヘリンの集合、デスモソーム形成)
  2. 上皮細胞の極性形成 (膜タンパク質の局在化)
  3. クラスリン被覆格子・被覆ピット・エンドソームの形成
  4. シナプス (神経回路網) の形成
  5. 赤血球膜の可塑的変形機構

を取り上げている。

ただし、重要な目標は、個々の構造の形成機構ではなく、細胞膜におけるタンパク質の組織化の機構に共通な、基本的なルールを見いだすこと、特にエネルギーの効率的利用戦略の観点からの規則を解明すること、である。本研究は、エネルギーの合理的使用の基盤研究として、さらに、バイオミメティック技術の開発に新天地を開く研究として、重要な貢献が期待できる。

エネルギーの効率的利用戦略の観点からの、細胞膜の構造形成の基本ルールの解明 - 膜骨格による膜タンパク質の集合の制御

私達は、「細胞はATPのエネルギーを利用して膜骨格の構造と運動を制御し、さらに膜タンパク質の膜内での熱運動をうまく利用して、膜タンパク質の集合/配列構造を形成する」と考えている。さらに、その具体的な機構について、以下の2つの作業仮説を立てており、検証をすすめている。

(1) 細胞は膜タンパク質の熱運動を膜タンパク質を動かしていくための駆動力として利用し、ATPのエネルギーを用いて膜骨格の構造をかえて熱運動の向きを制御することによって、膜タンパク質を集合させる(すなわち、細胞はATPの放出する自由エネルギーを膜タンパク質の運動の駆動に使うのではなくて、制御に用いているという仮説)。

細胞膜上で、ある膜タンパク質が特定のドメインに集合する時、細胞がこの膜タンパク質を1分子ずつATPを使って集めてくるのは時間的にもエネルギー的にも不可能である。膜骨格フェンス構造を上手に使っているのではないか、というのが上記の研究から得られた作業仮説である。膜タンパク質の運動を駆動するものは熱運動であり、細胞はATPを使って膜骨格をうまく操り、結果的に膜タンパク質のマクロスコピックな運動をうまく制御して特定の部位に集合させるのではないか、ということだ。単なるセルフアッセンブリーを越えて、「ATPのエネルギーを利用して熱運動を上手に制御する」というのが、細胞膜の可塑的な高次構造の形成法ではないか、これはナノメートルサイズの部品を組み立てて細胞内の高次構造を作るための一般的な方法なのではないか、という作業仮説である。

(2) 膜骨格が膜タンパク質を牽引していく場合にも、1分子ずつを運ぶのではなく、ある領域内に存在する多数のタンパク質を網にかかった魚のように運ぶか(膜骨格フェンスモデルでフェンスが動く)、または、膜タンパク質の集合体・会合体が膜骨格に結合して、この小集塊を膜骨格がまとめて運ぶ(要は、膜骨格が能動的に膜タンパク質を輸送するときには、1分子ずつは運ばないというモデル)。単分子の膜骨格に対する結合定数は低くても、小集塊になると、全体としての結合定数は劇的に増加するので、会合しやすいタンパク質の場合は後者の機構が有力になる。

論文・発表

ページの上へ