研究内容

今後の研究内容

5つの研究課題に分けて説明します。

  1. シグナル分子の動的な信号複合体形成 (活性化) と分解 (不活化)の研究
  2. ラフト(脂質ドメイン):シグナル分子の可塑的相互作用の場の解明
  3. 細胞膜上の機能ドメインの形成機構と作動機構の解明
  4. 細胞膜分子の組織化における、能動的過程の役割
  5. 1分子ナノバイオロジー/ナノテクノロジーの境界領域の開拓

研究課題1 シグナル分子の動的な信号複合体形成 (活性化) と分解 (不活化)の研究

研究目的

私たちは、細胞内1分子イメジング・操作法を開発し、さらにそれらを駆使することによって、最近、以下のことを示すことができた。すなわち、細胞膜上の多くの信号複合体とその活性状態は短寿命で、シグナルの暴走を防ぐために、活性化と不活化とがタイトに結合している。信号全体としては数分にわたるものでも、個々の信号分子が活性化されている時間は、1秒以下のものが多い(2章1)。この研究をさらに推進し、2-3節の(A)-(F)の系を発展させるのはもちろん、下記のようないくつかの代表的な細胞膜の情報処理システムについて(データが出始めている)、分子博物学と結合アッセイを越えた、システムとしての働き方の基本を理解することを目的とする。1分子レベルでの分子間相互作用キネティクス/メカニクス、空間(分布と運動)制御などを明らかにし、バルク生化学アッセイ(細胞内にある多数分子の平均)との関連を調べていく。これらを基礎とした、新規医薬とその使用法の開発のための、高次機能に基づくハイスループットスクリーニング技術の開発も視野に入れている。

研究方法

1

まず、細胞内1分子イメジング・操作法の開発をさらに推進する。1分子毎に光ピンセットで引っ張って分子間相互作用を力学的に調べる。また、蛍光1分子同時観察を可能にする。現在、理論的枠組みの確立が焦眉の急であるのでこれにも注力する。また、多数の1分子蛍光の輝点を自動追跡し統計解析するソフトウェアの開発をおこなう。

同時に、以下の生体情報システムを取り上げて解明を進めていく。

2

EGF受容体、幹細胞因子(SCF)受容体などの受容体型チロシンリン酸化酵素(RTK)によって活性化される情報伝達系

図4:各分子の挙動とシグナル時の協同的相互作用を1分子イメージングで探究する。

3

走化性受容体(フォルミルペプチド受容体)と3量体Gタンパク質、および、そこからのポジティブとネガティブのフィードバック系(各分子種の活性化を1分子法で追跡。増幅、空間制御、クロストークなどをまずは明らかにする)

4

走化性を神経系で調べるプロジェクト:神経回路網形成の研究とも定義される 神経軸索の伸長、方向変換(セマフォリンの系)、また、ラフトの系とも関わるが、Tag-1(GPIアンカー型)とCaspr(膜貫通型)による細胞外マトリックスとの相互作用、T-カドヘリンによる細胞間シグナリング、3節で述べるシナプス形成などの系

5

サイトカイン受容体によって活性化された転写因子が核へと移行する系

図5:研究方法5. は具体的には、インターロイキン6受容体から、Jakキナーゼ、Stat3転写因子への系を扱う。

私たちの作業仮説は、以下の3点にまとめられ、これらを中心に検討を進める。

  1. 多数分子の平均としては数分のオーダーで起こるような反応も、各分子については数100ミリ秒レベルでの活性化と不活化のタイトな制御がはたらいている。
  2. 正反応と逆反応のバランスによって、精密でありながらロバストな反応速度と平衡が実現されている。
  3. 分子のリクルート(タイミング、デュレーション、ロケーション)と協同的な集合の仕組みが、情報処理の制御と可塑性の中核をなす。

研究課題2 ラフト(脂質ドメイン):シグナル分子の可塑的相互作用の場の解明

(研究の概要 2-3節(B)(E)(F)の系、図1b、および図3(3)の脂質ドメインの関与する過程)

研究目的

細胞膜上のラフトにおける情報変換は、細胞情報伝達の鍵となる過程として、その機構を理解することは現在の細胞生物学/医学研究の中心の課題となりつつある。脂質アンカー型の多くのシグナル分子は、情報処理システムの一部として細胞膜上の脂質(飽和脂肪酸鎖を持つ脂質とコレステロール)が構成するラフトを利用していることがわかってきたからである。ラフトの大きな特徴は、形成に脂質が関与していることであり、私たちはこれが、ラフト特有の面白い機能を可能にしていると考えている。すなわち、ラフトは脂質に基づく可塑的な構造のため、研究の概要の図1bに示すように、そこに集める分子種や量が可塑的に、しかもON-OFFではなくアナログ的に、調節できる。したがって、細胞の環境や細胞の状態によって違う種類のシグナル分子を集めたり、違うシグナル経路にある分子を集めてクロストークをおこさせたりして、細胞内シグナル伝達の可塑性に大きく寄与していると考えているのである。この仮説の正否と必要な修正について検討することが、本研究の目的である。

細胞外からの信号が来る前には、寿命が1ミリ秒程度で数分子からなる前駆ラフトが細胞膜に充満していることが我々の研究からわかってきた。信号が来ると、受容体が会合して前駆ラフトの集合を誘導し、図6の安定なコアレセプターラフトが形成される。これが、シグナル分子を載せた他の前駆ラフトと融合して、ある瞬間に、シグナリングラフトとして働く。これらはすべて、我々の高分解能1分子法の開発によって分かってきたことで、世界でこのような観察ができるのは我々だけである。この方法をエンジンとして、この重要な分野に大きく貢献していきたいと考えている。

また、膜骨格との相互作用(研究の概要の図3 (1) の過程、補足説明図1,3参照)のためシグナリングラフトは形成された場所でほぼ静止し、シグナルの限局が可能となる。このような、細胞内シグナルの時空間制御も1分子イメジング法で検討する。

膜中のコレステロールはラフト形成の鍵である。しかし、今まで、細胞膜中のコレステロールを可視化・定量する方法はなく、ラフト研究のみならず医学上の大きな問題になっていた。私たちは、この方法を開発し(特許申請中)、本研究に用いているが、この方法を利用した、コレステロール関連病のスクリーニング法の開発もさらに推進したい。

図6:(上)ラフトに関する現在の最も重要な課題は、そこへの分子の出入りや、ラフトの大きさと寿命を知ることである。(下)図1(b)のニュクリアーラフトは膜上を動き回り(トラベリングラフト)、短寿命のシグナリングラフト(この図では TCZ = Transient Confinement Zone)を形成して、そこで下流分子に信号を伝達する。

研究方法

シグナリングラフト(図1b)が重要である系として、CD59、 DAF(この2つはGPIアンカー型タンパク質)、CD44、IgE-Fc受容体、T細胞受容体(膜貫通型、ラフト関与分子)、などの受容体を介した情報伝達系の検討を進める。さらに、T細胞受容体については、外部刺激入力部位に、下流シグナル分子が(ラフトに加えて)膜小胞に載ってdirectedに 輸送されてくることを見いだした(図3の第4の素過程の1例)。これはシグナル伝達の素過程として始めての発見であり、さらに探究を進める。

図3で示した5つの素過程については、このように、いくつかの過程が協同的に働くことが多い。それらの協同過程の検討を大いに進めたい。特に、膜骨格の関わる過程は膜分子の運動制御の根幹を成すので、膜骨格分子の制御の1分子可視化解析も進める。

思ったより長くなってきてしまったので、以下の課題は、極めて簡単に説明しよう。

研究課題3 細胞膜上の機能ドメインの形成機構と作動機構の解明

研究概要の (C) に述べたように、細胞間接着構造、クラスリン被覆ピット、カベオラ、シナプスの形成と作動の機構、神経細胞の極性形成(特に軸索起始部の拡散障壁の形成機構)についての研究をさらに推進する。

研究課題4 細胞膜分子の組織化における、能動的過程の役割

細胞膜システムの構築には、膜分子の熱運動を利用したセルフアセンブリー(自己組織化機構)と、ATPの自由エネルギーを用いた能動的な機構が、協調的に働いていると考えられる。我々は、長期的には、このような協調的機構を理解したいと考えている。このような研究を基にして、ナノマシンの設計指針を得たいと考えている(付録3参照)。

研究課題5 1分子ナノバイオロジー/ナノテクノロジーの境界領域の開拓

私たちは、生細胞における1分子直視・直接操作の方法を開発してきており、これらが、1分子ナノバイオロジーの手法の基礎となっている。 1992-1997年度には、科学技術庁進行調整費「生体ナノ機構」の立ち上げと運営に尽力し(班長、20グループが参加、合計で各年度2億円程度の予算規模)、この仲間たちとともに、ナノバイオロジーの創始と発展・普及に努めた。

細胞をナノメートルサイズの柔らかい生体分子(ナノマシン)が形成する可塑的システムとして理解し、それを基にしたシステムを作っていきたいというのは、私の研究の中心的な考え方である。研究領域として生物系から物理工学系までをカバーしているのは、まさに、ナノバイオロジー/ナノテクノロジーの境界領域の開拓を、推進したいからに他ならない。

研究目的

私たちの研究戦略の特徴の一つは、今まで皆がやりたくても出来なかった実験を、新しい技術の開発により可能にして、研究を推進することである。本項目の当面の研究目的は、

1

生細胞に応用できる一分子法をさらに発展させる(まずは、蛍光シリコンナノ粒子の開発)

2

研究課題1-4で理解できてきた生体系をシリコンチップ上や数マイクロリットルの溶液を含むwell(小さい穴)の中で再構成する。再構成によって理解を進めるだけではなく、新規医薬の高機能ハイスループットスクリーニングに役立てる。

研究方法

1

新規蛍光プローブとしてのシリコンナノ粒子を開発する。私たちは直径1nm(タンパク質よりも小さい)の蛍光性シリコンナノ粒子の製造に成功している。予備的結果によれば、蛍光分子と違って褪色せず、また、量子ドットのように点滅しなかった。これは、蛍光法の最大の問題点、すなわち、蛍光分子がすぐに褪色するという問題を一挙に解決し得る。このため、1分子追跡だけではなく、ほとんどの有機蛍光分子を代替しうる免疫蛍光マーカーとして、現在の研究手法を根本から変える可能性を持っている。発光波長は、粒子サイズを変えることによって、励起波長を余り変えずに、大きくシフトさせ、多色化することができた。すなわち、生細胞中の多種のタンパク質を異種の粒子で標識し、(一つのレーザーで)同時に追跡する可能性が開けた。ただし表面処理やタンパク質の結合など未だ開発要素が多いので、これに多くの努力を傾ける予定である。

2

私たちはリポソームを用いた再構成系を20年間にわたって開発してきた。これをもとに、スクリーニング用にチップや小穴に機能性の膜を再構成する方法を開発する。

補足

細胞内シグナル伝達の基本的特性が、色々な系とコンテクストで見え始めている。上では、個別の系についてのプロジェクトとして書いてあるが、長期的には、これらを総合してグランドデザインの理解に発展させることが目的である。以下のような特徴が分かりはじめている。

1

シグナル分子の複合体形成は協同的に(非線形制御で)起こる。シグナルによって、各タンパク質は複数のタンパク質と相互作用するようになり、瞬時に複合体が生成する。下流のシグナル分子とともに、不活化する分子もほぼ同時に複合体にやってきて、下流に信号がわずか流れたときには、当の分子を不活化している。

2

アクセルとブレーキをほぼ同時に踏むような調節が多い

3

柔らか機構。クロストークがビルトインされている。細胞の前状態によって違う応答をする。柔らか機構としては特にラフトが重要だと思う。

4

ネットワークとして働く(クロストークよりはるかに積極的)
安定でロバストなシステム、時間-空間制御、複雑な入力でもすぐに答えが出る

5

シグナル分子の活性化の持続時間は、1分子を見るとミリ秒から秒のオーダー。その分子の活性化を細胞全体の平均で見ると、分から日のオーダー。つまり各分子の活性化時間は短く活性化は極めてタイトに制御されているが、その分子の細胞全体での平均活性は、その時間帯に活性化される分子の数で調節される。このような制御が、細胞内シグナルの伝達で、On-Offを速く切り替えたり、活性化しすぎて癌化したりするのを止めたり、不要な経路にシグナルを流すのを阻止したりするのに重要かも知れない。

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