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細胞が、多細胞生物の中で他の細胞と相互作用して機能するためには、細胞膜が可塑的で多機能な情報処理システムとして働くことが必須である。私たちは、このような細胞膜近傍で起こるシグナル変換がシステムとしてどのように働くか(構築原理と作働機構、例えば、細胞内シグナルの空間的・時間的制御、シグナル分子が会合・離散する時間スケール、集合の協同性、それらを調節する機構)に興味を持ち、研究を進めてきた。その結果、このシステムの働きは、細胞膜という2次元液体中で、細胞がどの様に膜タンパク質と脂質の運動と局在化(リクルート)を制御し、集合体/ドメイン構造を生成するか、に本質的に依拠していることがわかってきた。そこで、最近は、いくつかの代表的な情報処理システムを取り上げ、それらの機能に必要な「細胞膜シグナル分子の組織化機構」を検討してきた (27, 51, R2, R4)。
組織化というと静的な印象を与えるが、私たちが開発してきた生細胞内1分子法(後述)によって初めて可能になった発見は、活性を持つ信号複合体の多くは安定ではなくミリ秒から秒の寿命で生成-分解(不活化)する、ということである。きわめて動的な組織化によるシステム動作の一端が見えてきたのである(図1)。このような研究を通じて、さらにその基礎にある情報処理システムと膜分子の組織化の(生物が進化によって獲得してきた)一般戦略を理解したいと考えている(名大に異動した後 (1997年5月) の研究には、未だ出版に至っていないものも多い。そこで、学会発表の要旨と、生物系3年生向けの研究室紹介などを公開予定である)。

多くのシグナル分子の活性化と活性型シグナル複合体の寿命は1秒以下で、シグナル活性は各分子(1分子)のレベルで見ると非常にタイトに制御されている。(a)Ras活性化の場合(後の(6)の項を参照)。(b)CD59から入力した信号のシグナリングラフト(信号複合体)の場合。細胞内のGタンパク質やsrcファミリー型キナーゼ(Lyn)の活性化の機構。(c)PKCの場合。
システムの働き方を調べるためには、逆説的ではあるが、システムを構成する分子の1分子毎の挙動を調べる手法が極めて有用である。そこで、私たちは、生きている細胞中の1分子を、マイクロ秒レベルの時間分解能、ナノメートルの空間精度で追跡し、さらに、それらの分子の活性化(反応)までをも1分子毎に見る方法を開発してきた (補足説明図1、23, 26, 27, 33, 35-37, 39, 51, R2, R3, R5, R7, R8)。これは、ナノサイエンス/ナノテクノロジーとの融合領域として、1分子ナノバイオロジー、1分子細胞生物学という新しい学問分野の創造につながりつつある(「細胞工学」誌2001年5月号 楠見編「特集 1分子細胞生物学」を参照してください。)
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1分子追跡法。蛍光分子や金コロイドを特異抗体Fabなどを介して、膜タンパク質や脂質に結合させ、運動を可視化する。 |
光ピンセットによって、金コロイドを捕捉し、細胞膜に沿って膜タンパク質を動かし、膜骨格やラフトの効果を調べる。 |
「細胞膜シグナル分子の組織化機構」の研究は、以下の研究を基盤としており、これらをさらに推進している。
膜分子組織化のための基本的なルールを見いだしたいと考えてきたが、段々と下の図3のように集約されてきた。すなわち、(1)膜骨格による囲い込みと結合、(2)膜タンパク質の会合、(3)脂質ドメイン(主にラフト)への分配、(4)膜小胞による輸送と融合、(5)以上をコーディネートする細胞内情報伝達系、の5つの重要な素過程が同定されてきた。これらの素過程を調べると同時に、それらが協同的に働く機構を検討中である。特に、細胞膜の情報処理システムとしての機能と膜分子組織化の関係を中心に研究している。

細胞膜分子の組織化のための5つの素過程
以下は、学会などで特に反響の大きかった最近数年の結果である(投稿中、準備中が多い)。
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膜骨格フェンス構造の模式図。膜タンパク質の細胞質ドメインが膜骨格の網目と衝突するため、網目の中に閉じこめられ、なかなか隣のコンパートメントへ移動(ホップ)できない(左、右d)。また、膜骨格と結合している膜タンパク質もある(a、b)。細胞質からシグナルタンパク質が結合すると、ホップの頻度は減る(a、c)。膜タンパク質の細胞質部分を小さくすると、隣接コンパートメントへ移動しやすくなる(e)。 |
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アンカード膜タンパク質ピケットモデル。膜骨格にアンカーされた様々な膜貫通型タンパク質が、脂質やGPIアンカー型タンパク質、膜貫通型タンパク質などの拡散運動に対してピケラインのように振る舞い、運動を抑制する。 |
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Oligomerization-induced trapping model。膜上の受容体に外部から信号分子が結合すると、受容体が会合したり、細胞質のシグナル分子が受容体に結合したりして、シグナル複合体が生じる。そうすると、膜骨格の網目をホップする確率が劇的に減り、さらに膜骨格に結合する確率が劇的に増加する。すなわち、シグナル複合体の運動は停止する。これによって、外部からの信号を受けた場所が記憶され、走化性のシグナリングなど細胞内シグナルの空間制御に鍵となる役割を果たす。 |
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生細胞中でのH-Ras分子活性化の1分子観察のスキームと結果を示す。Ras-YFP融合タンパク質を細胞内に発現させ、そこに、Ras下流のシグナル分子であるRafキナーゼのRas結合ドメイン(RBD)を大腸菌で発現させ、精製後に蛍光プローブAlexa594をつけたものを顕微注入する。信号がくるとRasが活性化しAlexa594-RBDがRasに結合し、Ras上のYFPからRBD上のAlexaへと蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)が生起する(YFPのみを励起しているにもかかわらずAlexaから発光が起こる)。このシグナルをとらえることにより、RBDの結合、すなわち、Rasの活性化がわかる。右のイメージは、1分子FRETによって、1分子毎にRasの活性化が検出される様子を示している。 |