募集

大学院生募集

1.私たちの研究の特徴

私たちの研究の著しい特徴は、興味を持った分子(シグナル分子、細胞間接着分子、シナプス構成分子など)の動きや局在を、生細胞中1分子ずつ見たり操作したりすることです。それによって、これらの興味深い分子のリクルートのされ方、相互作用の時空間制御を明らかにしていきたいと思っています。これらにより、1分子ナノバイオロジー、1分子細胞生物学、1分子生物物理学、ナノ再生医工学というような新しい学問領域を開拓しています。世界でも、我々の研究室でしかできないというような最先端の実験も沢山あり、世界中から研究者が訪れ、共同研究や知的交流がおこなわれています。

このようなアプローチとスタイルで、以下の3つのテーマの解明に向けて研究しています。

1
細胞膜におけるシグナル変換
2
神経活動依存的な神経回路網の形成とモジュレーションの機構
3
細胞膜と細胞骨格との相互作用

詳しくは、「4.私たちの研究分野」をご覧ください。

私たちの研究成果は、世界の標準教科書である、「The Cell (Molecular Biology of the Cell by Alberts et al.)」、「Lehninger's Biochemistry」など、多くの教科書に掲載されています。高校のレベルでも、日本では、浜島書店「生物学資料集」に掲載されています。皆さんも、教科書に載るような研究をしませんか?

私たちの研究に興味を持たれた方は、いつでもご連絡ください。私たちの研究室を訪問されるときの交通費・滞在費などは相談に応じます。また、私たちの研究内容を紹介するビデオも製作しており、希望者にお送りすることが可能です。ご連絡ください。連絡先は、
e-mail: singlemolecules111@kusumi.frontier.kyoto-u.ac.jp です。
(@ は画像になっています) 

2.いろいろな学部、大学から進学してきてくれることを期待しています

非常に学際的な分野で研究を推進しているため、色々なバックグラウンドを持つ院生を歓迎しています。学部で、生物、物理、化学、数学を勉強してきた方、物理工学、化学工学、機械工学を勉強してきた方、すべて大歓迎です。さまざまなバックグラウンドを持った人々の協力によって、このラボは成り立っています。例えば、ポスドク(博士研究員)の学位取得分野は、生物、数学、物理、化学、物理化学、生物物理、化学工学、金属工学などにわたっています。また、大学院生の学部時代の専攻は、これよりさらに多岐にわたっていて、書ききれないくらいです。

3.院生の経済的サポート

一方、大学院に進学を希望しつつも、経済的な心配をしている人もいることでしょう。しかし、資金援助の仕組みなども充実してきており、また、私たちはラボ内でのアルバイトの仕組みも作っていて、できる限りのサポートに努めています。

さらに、日本学術振興会という組織(予算のほとんどは政府から出ている)は、大学院生の特別研究生という仕組みをもっています。これに採用されると、月額20万円程度の給料が支給されます。好きなことをして暮らしていけるという学者生活の第一歩かもしれないですね。これは、修士2年生の5月に最初に応募することが可能で、支給は、博士課程の1年生からとなります。これを目指すときには、修士2年の5月に、良い提案書が書けるように頑張りましょう。

4.私たちの研究分野

(工学研究科物理系の諸君には、この部分は難しいので、このページの最後に、諸君のわかりそうな言葉での説明があります。そちらを見て下さい)

1
入力依存的な神経回路の形成機構。具体的には、神経細胞の極性形成、神経突起の伸長と接着、シナプスの形成と強化の機構などを、神経伝達分子受容体とスキャッフォールドタンパク質/膜骨格の相互作用、細胞間接着分子によるシグナリングの観察などから研究している。分子生物学、細胞生物学、生物物理学、1分子ナノバイオロジーのアプローチを用いた、神経回路網の可塑性の研究。
2
細胞膜上でのシグナル変換システムを、シグナル分子の1分子レベルでの可視化により解明すること。扱っているシグナル系は、EGF受容体などのレセプター型チロシンキナーゼから低分子量Gタンパク質を経由する系、CD59、CD44、T型カドへリン、Tag1などからラフトを経由する系、GPCR(G- protein-coupled receptor)から3量体Gタンパク質を経由する系、免疫系のTCRやFcεRからSrc Family kinasesを経由する系、などである。
3
細胞膜分子の組織化機構の解明。すなわち、細胞膜分子、シグナル分子のリクルートや集合体形成の制御機構の解明を目指す研究。細胞膜分子と細胞骨格/膜骨格との相互作用、クラスリン被覆ピット、ラフトなどの細胞膜のドメイン構造の形成機構の研究。
4
1分子観察と操作、ナノメートル/ピコニュートン測定・操作などの方法の開発。1分子法の理論的枠組の整備、開発もおこなっている。

5.修士課程での入学と指導委託院生の受け入れ

いろいろな人たちに来てほしいので、大学院の前期課程(修士)の期間に、私たちの研究室で研究するために、いくつもの方法を準備しています。私たちの研究室に大学院生としてはいるには、2つの窓口を用意しています。工学研究科・マイクロエンジニアリング専攻、と、医学研究科・医科学専攻、です。

(1)京都大学大学院・工学研究科(機械工学群)・マイクロエンジニアリング専攻の院生となる方法

入試は、例年、8月頃(お盆前)です。6月には募集要領が公表され、出願は7月頃です。

ここの入試問題は一見難しそうなのですが、これは、学部の講義で教えた内容を、院入試問題に仕立てることよって、内部(工学部物理工学科)の学生に学部講義の勉強をさせようという慣習があるためのようです。それで、この入試は、内部からの学生にとっては取り組みやすいものになっています。しかし、過去の入試問題(3年分はマイクロエンジニアリング専攻の窓口で貸出できます。身分証明書が必要ですLink。我々のラボにもコピーがありますから、ご希望であれば、コピーをお送りします)を見たらわかりますが、出題傾向は決まっており、それなりの準備をすることは、学外からの受験者にとっても難しくはありません。本研究室の院生でこの入試を受けてきた連中も、入試準備に協力してくれます。

(2)京都大学大学院・医学研究科・医科学専攻の院生となる方法

入試は、例年、9月上旬です。6月には募集要領が公表され、出願は7月頃です。

入試は、英語、15分で書く小論文、基本的な生物の問題(過去問をよく見ると、出題傾向はわかります)、生物を中心とした科学一般の問題です。(年度によって変わることがありますから、募集要項をよく読んで、そちらを優先してください。)

この課程には、内部進学生はいないため、受験者(4年生大学の卒業見込み生、卒業生)は対等の条件です。しかし、出題は生物/基礎医学に重点があるため、おそらく、生物系、生物化学系、生物工学系の学部を出た方にとってやや有利でしょう。

しかし、物理や化学の出身の人も、少し自習をしておけば、そんなに難しいものではありません。生物の試験には、出題される範囲として、教科書が指定されているという親切さですから。

すなわち、基本的な生物の問題については、募集要項で、勉強しておくべき本が指定されています。Essential Cell Biology (Garland Publishing)です。これを、Alberts et al. の The Cell (Molecular Biology of the Cell, Garland Publishing 邦題:細胞の分子生物学)とその問題集(解答がついている)で補っておくのがよいでしょう。 さらに、練習問題として、分子生物学と生物化学の教科書を副読本としてみておくのがよいでしょう。1册の本だけ見ていても、知識が自分の物として動き出すようにするのは難しいものです。そのためには演習が役に立つのですが、この演習を自分でやることが可能です。近い分野の教科書を読みつつ、自分で総合的に理解が進むように、自分の頭の中での体系を組み立ててみる、という作業をすることを私はお勧めします。ですから、分子生物学と生物化学の教科書を副読本とするのはよい演習になると思います。また、興味に従って、神経科学や発生学の教科書を見ておくのも役に立つでしょう。

また、科学一般と小論文では、最近のトピカルな医学の話題(医学倫理を含めた再生医学、最近のノーベル賞など)、生物/医学に関連した化学や物理の話題、などに日頃から関心をもっているかどうか、を問うような設問の頻度が高くなっています。これらに対する対策をとっておきましょう。

英語は、ちゃんと勉強しておきましょう。実力が測られる問題が多いです。しかし、医学、生物からの話題が多いので、そのような本を読んでおくか、上記の教科書を英語で勉強しておくのがよいでしょう。

過去の入試問題は、5年分程度を医学研究科大学院掛の窓口で貸出させてもらえます。身分証明書が必要ですLink。我々のラボにもコピーがありますから、ご希望であれば、コピーをお送りします。

(3) 指導委託院生 の受け入れ

日本の大学ならどこでも、大学院生の身分があれば、指導委託院生として、私たちの研究室で研究をすることが可能です。条件はいくつかありますが、まずは、自分が所属している研究室の指導教員の方と私たちとの間で、共同研究の枠組みを作るようなことが必要になります。これについては、予め私たちに相談してください。この場合は、修士の学位は、所属する大学院から出されます。また、正式に指導委託される期間は修士2年のうちの半分まで、すなわち、1年間です。しかし、ほとんどの場合、共同研究の枠組みで、私たちの研究室でずっと研究することが可能です。修士の1年生の間は、所属する大学院の講義などにある程度出席する必要がありますが、そのための旅費や滞在費は、相談に応じます。さらに、引越のための費用についても、相談に応じます。

6.博士課程(博士後期課程)での入学と指導委託院生の受け入れ

いろいろな人たちに来てほしいので、大学院の博士課程、博士後期課程の期間に、私たちの研究室で研究するためにも、いくつもの方法を準備しています。 私たちの研究室に大学院生としてはいるには、3つの窓口を用意しています。工学研究科・マイクロエンジニアリング専攻、医学研究科・医科学専攻、及び、医学研究科・医学専攻(4年制で、主に、医学部卒業者向け)です。

(1)京都大学大学院・工学研究科(機械工学群)・マイクロエンジニアリング専攻の院生となる方法

入試は、例年、8月頃(お盆前)です。6月には募集要領が公表され、出願は7月頃です。

この入試は、3年程度の期間で、私たちの研究室で学位を取る研究の基礎能力があるかどうかを試すものです。それで、修士の入試のやり方とは全く異なっています。この専攻以外から受験される方でも、どのような専攻で研究されてきた方であっても、修士でちゃんと研究をして来ておられる方だったら問題がないような仕組みになっています。早めにご相談下さい。(入試内容は、研究の基礎能力を試す筆記試験、修士課程での研究内容の発表からなっています。)

(2)京都大学大学院・医学研究科・医科学専攻の院生(博士課程、博士後期課程)となる方法

入試は、例年、11月上旬です。8月には募集要領が公表され、出願は9月頃です。

出願には、修士号を持っているか、修士号を翌年3月に取得見込みであることが必要です。

この入試は、3年程度の期間で、私たちの研究室で学位を取る研究の基礎能力があるかどうかを試すものですが、生物の筆記試験が科されます。しかし、受験準備のための勉強内容としては。上で書いた、修士の入試と同様でよいでしょう。

物理系・化学系・数学系のかたは、こちらではなく、上記の工学研究科・マイクロエンジニアリング専攻の入試で受験する方が簡単だと思います。

(3)京都大学大学院・医学研究科・医学専攻(4年制)の院生となる方法

入試は、例年、11月上旬です。8月には募集要領が公表され、出願は9月頃です。

これは、主に、学部が医学部だった方のための窓口です。私たちは、日本中・世界中から、興味のある方に来ていただきたいと思っているので、出身大学による区別などは全くありません。医師の方の受験を歓迎しています。また、出身医局との連携も常に可能です。

(4) 指導委託院生の受け入れ

日本の大学ならどこでも、大学院生の身分があれば、指導委託院生として、私たちの研究室で研究をすることが可能です。条件はいくつかありますが、まずは、自分が所属している研究室の指導教員の方と私たちとの間で、共同研究の枠組みを作るようなことが必要になります。これについては、予め私たちに相談してください。この場合は、博士の学位は、所属する大学院から出されます。また、修士と違って、正式に指導委託される期間は、博士課程全体にわたることが可能です。また、引越のための費用については、相談に応じます。

大学院生の教育方針(ホームページの「研究室の運営方針」の再録です)

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「研究は楽しいからやる」というのが一番の基本。
2
楽しさは、「研究内容、目標」だけでなく、「研究の過程」にもあるようにしよう。ワクワクドキドキできるように、ちょっとおしゃれな気分になったり気取った感じになったりできるように、面白くやる。
3
面白くするためには、絶対に面白くするぞ、という意気込みがいる。気概がいる。「研究室を、こういう元気をあげたりもらったりする場所にする」。
4
大学院生、ポスドクは、独立した研究者として自立していく過程にあるので、それを援助するために色々な機会や場面を設ける。最も基本的な考え方は、大学院生を取りあえず独立した研究者として扱うということで、それによって、独立、自律という意識をもってもらうようにする。
5

「研究室は、確立した個人が相互作用しあい、議論をしたり、共同研究をしたり、切磋琢磨するための知のインキュベータである」、という考えのもとに、研究室を運営する。これを私達は、「Interdependency of Independent Researchers」と呼んでいる。これと、(3)の「研究室は、元気をあげたりもらったりする場所」の2つで、情と知のセットになっている。

このような考え方がどの程度徹底し、どの程度成功を収めるかは、実は、在籍する教官、研究者、大学院生の質/気質によって常に変動している。しかし、これは研究室にとっては非常に重要な概念で、この考えに沿った研究室運営ができるように、私(楠見)はいつも努力しているつもり。

6
(5)は、我々のラボのように、研究内容が本質的にinterdisciplinary(境界領域的)な場合に、特に力を発揮すると思う(もちろんそうでなくても、これは研究室には欠かせない態度と習慣であると思うが)。この点でも、経歴の多様性は重要であり、いつも広く大学院生、ポスドクを求めるよう努力する。
7

科学は国際ビジネス(International Business)である。したがって、大学院生の時から、海外の学会でどんどん発表してもらう(そういう風にしているので、私達の研究室では、大学院生、ポスドクの人たちが、海外の大きな学会や重要なシンポジウムのシンポジストとして招待されることは珍しくない)。

また、そのような機会が生かせるような教育にも力を入れる。具体的には以下のようなプログラムを実施する。

7-1
外国からの研究員や訪問者をなるべく多く迎え、研究室では、英語を使った議論や会話が普通におこなわれているようにする。
7-2
海外の研究者が頻繁に来られるように、また、こちらからも積極的に招待するようにする。海外の研究者が来られたときには、研究のためのセミナーや議論、自分たちの研究の説明をするばかりでなく、食事、遠足、日常的なお世話をすることなどを通じて、個人的な絆を深めるようにする。これらを通じて、状況に即し、相手を思いやった会話や議論をする訓練をする。大学院生やポスドクの諸君は、このような人の交流や多くの意見交換を通じて、アメリカ/ヨーロッパの研究室との間に、密接なネットワークを作るのに参画し、また、自身を鍛える。
7-3
大学院生、ポスドクの諸君は、アメリカ細胞生物学会、アメリカ生物物理学会を主な発表の舞台とする(日本の学会、例えば、生物物理学会、分子生物学会、細胞生物学会、神経科学会、細胞生物学会にも積極的に参加する)。
7-4
海外の研究者を訪問して意見を交換したり、研究室や学科でのセミナーをさせてもらう(大学院生もポスドクも、このような機会がもてるように努力する)。
7-5

1年から1年半毎に、国際細胞膜研究フォーラム(International Forum for Membrane Research)を主催する。これは名古屋大学医学部の曽我部正博先生、臼倉治郎先生との共同事業。外国から、4-16人程度(どれくらいのお金が集められるかで人数は変わる)の研究者を約1週間招待し、シンポジウムをおこなう。また、フォーラムを、外国のシンポジウムで発表したり、ポスターセッションで発表したりする練習を、ストレスがより少ない状況下でおこなう機会とする。7-2で書いたように、個人的な交流も重視している。これらの機会に知り合った研究者に認められ、海外での発表やポスドクとしての職につながったり、数ヶ月の訪問研究、より短期のセミナーのための訪問などにつながったりすることが日常的に起こるようにする。

大学院生諸君はこれらの機会を積極的に生かすことが求められています。

興味のある方は、まず、ご連絡下さい。研究室訪問を歓迎します。旅費については補助も考慮します。

〒606-8507 京都市左京区聖護院川原町 53
京都大学 再生医科学研究所  
ナノバイオプロセス研究領域  楠見明弘  
T: 075-751-4112
F: 075-751-4113

e-mail:singlemolecules111@kusumi.frontier.kyoto-u.ac.jpです。
(@は画像になっています)

工学部物理系学生諸君への研究紹介(大学院での専攻名は、マイクロエンジニアリング専攻、です)

(1)諸君の受けてきた教育の欠陥とは?

将来、諸君が成長し、世界をリードするような人物になって欲しいと私は考えています。しかし、そのとき、物理系の学部生諸君の多くは、基礎トレーニングの部分で大きな問題を抱えています。それは、どちらかというと、日本の教育システムと教育方法の欠陥そのもので、それに諸君が気づかなかったとしても、仕方がない面があります。

その問題と欠陥は、なんだと思いますか?

それは、「理科系の基礎的トレーニングが不十分である」ということです。物理系とは言っても、それは、物理が得意だというよりは、単に、化学・生物・数学が弱いだけであって、消去法に過ぎないことがほとんどです(世界には、全部よくできる上に、その専門が飛び抜けて出来る人がいることを忘れぬよう。日本にこのような人が少ないのは、教育の悪さと、それを当たり前と思う日本の納税者の科学トレーニングレベルの低さの反映です)。

諸君にとって最悪の不幸は、現代の生物学の基礎知識が、全く欠落していることです。これは、世界的には、異常事態だということを、諸君は知らされる必要があります。日本の有名大学の理系に受験競争を勝ち抜いて進学するには、物理と化学を勉強し、さらに、みすぼらしく、せこいことに(特に一流未満の受験校では)、「受験に関係ない事項は、勉強しない」ことが有利とされているので、このようになったのです。

将来を考えると、これは、諸君がグローバル化した世界で生き抜くために、非常な不利をもたらします。物理系とはいっても、諸君の全員が、ボルツマンになれるわけでも、ハイゼンベルグになれるわけでもありません。しかし、物理学者として世界をリードするには不十分でも、諸君は十分に物理の専門家であり、それを活かしていく道があるはずです。そのような道を考えたとき、いま最も重要な分野は、諸分野の中で最も爆発的に成長しており、次の50年間で革命的なことが起き続けると考えられる、生物学・医学・薬学の分野です。そこに進出し、そこで身を立て、活躍する道を、諸君自身が、また日本の教育方法とゆがんだ受験競争が、閉じてしまうと、活躍できる分野を、おそらく全体の1/3程度に限ってしまうことになるでしょう。諸君の多くは、理科系全体のトレーニングが不足しているので、このような柔軟性のある未来志向の考え方が出来ないのです。

私の考えでは、あと25年程度で、生物学研究のフロンティアの70%は、物理と化学の基本的なトレーニングを受けていないと、全くわからなくなります。それくらい、この分野では、諸君のようなトレーニングを受けてきた人を必要としているのです。しかし、諸君も、その分野の基礎知識がないと、参入障壁が高すぎて、この分野がいくら素晴らしくても踏み込むことは出来ないでしょう。

(2)なぜ、私たちの研究室か?

理科系全体のトレーニング不足、特に、現代生物医学のトレーニング不足を克服するため、物理系の諸君は、せめて大学院では、なるべく生物物理学関連の研究室に進学して欲しいと思っています。そのとき、私たちの研究室は、重要な選択肢だと思っています。

その理由は、私たちが、メゾスケールレベル(3-300nm)という細胞が働くには鍵となる領域での生物分子システムの研究をおこなっているからです。メゾスケールでは、3-1000個程度の分子が作るシステムを調べます。このサイズは、量子力学を使うには複雑すぎ、しかし、統計力学・熱力学で扱うには、分子数が少なすぎるという、非常に面白く、奇妙な挙動が起こるスケールなのです。その意味で、私たちの研究は、物理と生物の両方のフロンティアにあります。

生きている細胞の中で、そのサブシステムであるメゾスケールのシステムの働きを調べる方法は、あまりありません。私たちは、生細胞の中で、興味ある分子を1個ずつ追跡したり、1個の分子を捕まえて動かしたり、力を測ったりする方法、すなわち、1分子追跡・操作を、世界最高速で、しかも最高の精度でおこなう方法を開発し、それを応用しています。それが、メゾスケールの分子システムを調べる最も直接的で有効な方法だと考えているからです。細胞の働き方を、自分たちが開発した装置で調べ、新しい概念を打ち立てていくというのは、非常にやりがいのある仕事です。

(3)アインシュタインは60年早すぎた?

1905年の1年間に、アインシュタインは3つの分野で世界を変える仕事をしました。特殊相対論、光量子論(これがノーベル賞の受賞対象)、ブラウン運動の解明、の3つです。その後1906―1916年に行った一般相対論・・重力の理論・・が、4つ目の世界を変えた仕事で、その後は、光・物質・重力の統合的理解のために時間を使いました(ブラウン運動の理論的解明によって、はじめて原子論が証明されたのです。これは、あまり教室で系統的に教える時間はないのですが。アインシュタインの理論を実験的に証明したフランスのPerrinは、その仕事でノーベル賞を受賞しています。原子論が証明される前に、量子論が始まってしまったのは、科学史上の面白いできごとですね)。

面白いことに、アインシュタイン本人は、ブラウン運動の解明は、価値の低い業績だと考えていたとのことです。当時の知識では、「ブラウン運動で細胞が生きている」ということは、アインシュタインでさえ想像外のことだったのでしょう。もし彼が今生きていたら、ブラウン運動の仕事は、彼の仕事の中でも最も輝かしいものの一つであると思うでしょう。世の中を、物理世界と生物世界に2分するとすると、生物世界の基本原理の一つを、彼は解明したのですから(あとの生物世界の最も重要な理論は、Darwinの進化論、Mendelの遺伝の理論でしょう。20世紀の最大の発見は、WatsonとCrickのDNA構造の解明だと思います。逆に、生物学者のトレーニングについての最も大きな問題は、ブラウン運動の重要性を理解することが出来ない人が多いということです)。

(4)ブラウン運動で細胞が生きている?

多くの諸君は、太陽からの光で植物が生き、それを食べて動物が生きているということをご存知でしょう。しかし、本当に、そのようにエネルギーをバリバリ使って、生物という機械は動いているのでしょうか?もちろんその部分もあるのですが、ほとんどは、そうではありません。太陽と地球自身のもつ熱で、動く部分がほとんどなのです。それが可能な理由は、細胞を作っている分子の大きさがナノメートルサイズであり、また、細胞質と細胞の膜が液体であることによっています。熱揺らぎのために、生体高分子の構造はいつも変わっていて(分子内の単結合の熱による回転と、周囲から水などの小分子がブラウン運動のためぶつかってくるため)、そのことで、分子が働きます。また、分子の揺らぎと、細胞質と膜が液体であることで、分子が集合して出来るメゾスケールの分子システムも出来るのです。

例えば、はじめてタンパク質の構造をイギリスのPerutzが決めたとき、大きな驚きがありました。ミオグロビンという、酸素を貯蔵するタンパク質分子の構造を決め、酸素分子がタンパク質の中央付近にあることもわかったのですが、なんと、酸素分子が、タンパク質の中と外の間を移動すための通路がないのです。それで、酸素分子の出し入れの方法が全くわからなかったのです。後からの研究で、ミオグロビンの構造はいつも熱のために揺らいでおり(その構造自体の熱運動と、周囲の水分子がブラウン運動によって衝突してくるため)、ある構造のときに、原子団の中に隙間が出来て、酸素分子が通過できる(いくつかのステップを経て)ことがわかりました。

また、細胞膜の表面で、細胞にある方向に動きなさいというシグナルを持つ分子が、その受容体に結合したとしましょう。このとき、その受容体に、他の色々な分子が集まってきて演算をおこない、その結果を、細胞質に向けて発信します(ある分子に変化を起こし、それが細胞質中を拡散運動するようにします)。コンピュータでは、演算は、決まった回路の上で電子を走らせて行いますが、細胞膜上での演算は、分子が細胞膜内や細胞質との間を熱拡散して衝突・結合・解離するというプロセスでおこっています。そのため、膜は液体で、そこで分子が熱拡散できないと機能が発揮できないのです。

また、このようにして出来る分子複合体が、メゾスケールの分子複合体です。また、出来た複合体が、すぐに分解することも重要です。このように、短寿命のメゾスケール複合体を作っては働かせ、すぐに、とめるということを繰り返して、細胞は生きているようです。

私たちは、特に、細胞膜に興味を持っています。細胞膜がブラウン運動に基づいて働く不思議な仕組みを知りたい、しかも、細胞膜の働く機構を、非常に単純ないくつかの原理(rule of thumb)、あるいは、細胞膜のもつ基本的な物理的性質から説明したい、という興味が、私たちの研究室の研究方向を決める指針になっています。マスター方程式を作ることは不可能でしょうが、定性的な考え方の枠組みを作り、それの組み合わせとして細胞膜がはたらく仕組み・・膜機構・・を理解したいというのが、私たちの研究室の「野望?」なのです。その基本には「進化の過程で細胞が獲得した、細胞膜という面白い構造を利用することで初めて可能になる機能の発現機構が有るはず」という考え、また、機能発現には、膜の基本的な物理性質を利用するのであるから、「ほとんどの機能の基礎であるような、細胞膜をはたらかせるための一般戦略があるはず」という考えがあります。

このような、細胞が進化の過程で獲得してきたメゾスケールでの現象を制御する方法を学ぶことによって、今までの機械とは全く違う原理で働く人工機械の製作も可能になるかもしれません。

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